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東京高等裁判所 昭和60年(う)1622号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人葉山岳夫ほか一三名共同作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書、被告人作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官川瀬義弘作成名義の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。なお、被告人の控訴趣意は弁護人のそれと同旨に帰するものと認められ、また弁護人の補充書は検察官の答弁に対する反論であるから、以下弁護人の控訴趣意に基づき、各論旨に対する判断を示す。

第一  控訴趣意第一点、憲法一九条違反等の主張について

論旨は、破防法は結局において思想そのもの、とりわけ共産主義思想を処罰することを目的とする治安立法であって、それ自体が憲法一九条その他基本的人権の保障、法定手続の保障等を定める憲法秩序に違反するほか、本件で適用された破防法三九条、四〇条のせん動罪処罰規定は、せん動の定義規定である四条二項を含め、言論そのものを処罰の対象とする点で憲法二一条に、構成要件が不明確である点で憲法三一条に違反し、また、団体に対する規則処分およびその違反行為に対する罰則を定めた各規定は憲法一四条、一九条、二一条、二八条等に、その罰則はなお憲法三一条にも違反し、さらには、破防法は究極において国民の戦争に反対しこれを阻止する行為を犯罪として鎮圧するものであるから、憲法九条にも違反するとして、破防法はその全体が違憲無効な法律であると主張する。

原判決は、破防法三九条、四〇条に関してのみではあるが、政治的目的のための暴力の行使は、憲法が前提とする民主主義秩序そのものを否定することになる点で違法性が強く、これをせん動する行為の違法性、危険性も強いから、政治目的を有するせん動のみを処罰することには合理性があり、このような行為を処罰するからといって主観的目的そのものを処罰するものではなく、また破防法が共産主義的政治思想に基づくせん動のみを処罰しようとするものでないことも、その規定上明らかである旨説示し、弁護人の憲法一九条違反の主張を退けているところ、原審の右判断は、これを相当として支持することができる。そして破防法は、全体として見ても、その四条一項にいう暴力主義的破壊活動を規制するもので、共産主義であれ何であれ、内心の思想そのものを規制し処罰しようとするものでないことは、同法一条の目的規定からも明らかであって、憲法一九条に違反するものではない。

また、右条項に定義される暴力主義的破壊活動は民主主義体制の存立を危くするものであるから、これを規制し禁圧することには十分な必要性と合理性があることは、原判決もいうとおりであって、たとえ主観的目的が戦争の阻止にあっても、かかる破壊活動は許されるべきでないから、このことと憲法九条ないし基本的人権の保障とは別の問題である。その他指摘にかかる団体規制処分等に関する諸規定は、本件に適用されていないばかりか、その違憲をいう所論が失当であることは、既に述べたところによりおのずから明らかである。さらに憲法二一条、三一条にも何ら違反するものではなく、その理由は以下に譲るが、結局破防法全体が違憲無効であるとの主張は、すべて採るを得ない。

第二  控訴趣意第二点、憲法二一条違反の主張について

論旨は、表現の自由は近代憲法が優越的地位を保障するもので、いかなる過激な思想といえどもこれを表現する自由は制限されてはならないのであるから、言論表現活動に刑罰を科するについては極めて慎重でなければならず、具体的な法益侵害の危険性を持たない言論活動を処罰することは許されないところ、破防法三九条、四〇条のせん動処罰規定は、結局のところ、それ自体によってはなんら法益侵害も危険もない言論活動そのものを処罰するに帰し、憲法二一条一項に違反する無効な法律であり、これを合憲として適用した原判決は、法令の解釈適用を誤ったものであると主張する。

言論活動に刑罰を伴う制約を加えることに慎重でなければならないことは、所論のとおりである。しかし、この点に関し原判決は、破防法所定のせん動罪は、政治上の主義もしくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対する目的、すなわち政治目的をもってする特定重大犯罪のせん動を処罰するもので、右のせん動とは、同法四条二項が規定するように、特定の犯罪を実行させる目的をもって、言動等により、人に対し、その犯罪行為を実行する決意を生ぜしめ又は既に生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与えることをいうのであるから、表現活動のすべて、ことに表現の内容そのものあるいは表現活動が本来有しているところの他に対する影響力をとらえてこれを処罰しようとするものではなく、表現活動のうち右のようなもの、すなわち被せん動者による実行行為をまつまでもなく、右特定犯罪の予備陰謀と同様、社会的に危険な行為と評価することができるものに限り、処罰しようとするものであって、憲法二一条といえどもこのような危険性を有する表現活動の自由まで保障するものではない旨を説示しており、この判断は十分首肯するに足りる。このように、せん動という行為はそれ自体法益侵害ないし刑法的意味における危険性のあるものであるから、これを処罰の対象とする破防法の右規定はなんら憲法二一条に違反するものとはいえない。

第三  控訴趣意第三点、憲法三一条違反の主張について

論旨は、破防法三九条、四〇条のせん動処罰規定は、構成要件の定め方があいまい不明確で、一般人の判断力をもってしては処罰不処罰の限界を識別することは不可能であり、また当該行為がせん動の定義にいう勢のある刺激に該当することの合理的立証は訴訟上不可能であるから、罪刑法定主義や法による適正手続を定めた憲法三一条に違反する、と主張する。

この点につき原判決は、破防法におけるせん動の定義は、勢のある刺激という、価値判断を伴うものではあるが、これをより詳細厳格かつ一義的に規定することは困難であるとともに、前述のような一定の社会的危険性を有する表現活動のみに限って処罰する趣旨であることが明らかで、なんら不明確ではなく、これに該当するかどうかの判断は一般人にもおのずから可能である旨、また、ここにいう勢のある刺激にあたるか否かの立証は、言論表現の内容、調子、その他挙示のような諸般の附随事情を総合することにより、可能である旨説示しているが、この判断もまた正当として是認するに足り、憲法三一条違反の主張は採用の限りでない。

第四  控訴趣意第四点、破防法三九条、四〇条の解釈適用の誤り等の主張について

論旨は、破防法の右せん動処罰規定の適切妥当な解釈を不可能であるとしながら、原判決が右規定につき具体的危険犯か抽象的危険犯かの解釈や、勢のある刺激にあたるか否かの判断基準を示さなかったとして非難するほか、せん動罪の成立を肯定するに必要な行為の危険性の程度、保護法益及びその侵害の程度、実質的違法性の程度、等々につき、原判決は法令の解釈適用を誤っているとして種々論難し、また、被告人の本件演説は違法性のないものであり、当時の政府の不当な政策に対する抵抗権の行使、あるいは国民の生存を守るための正当防衛であって、刑法三五条の正当行為にもあたる旨主張する。

一  具体的危険について

この点に関し原判決は、具体的危険はもちろんのこと、被せん動者による実行行為もなされているのであるから、弁護人の主張はその余の点について判断するまでもなく、理由がない、と説示しているところ、本件のような場合においては、実行行為に参加した者の中に被告人の演説を聞いた者がいたからといって、その者が演説の影響を受けて参加したとは必ずしも即断出来ないであろうけれども、ここに具体的危険とは、せん動の結果として被せん動者による実行行為が現実に行なわれることをいうのではなく、かかる行為が行なわれる危険が現実にさし迫ることをいうのであって、原判決の右説示は、せん動の内容どおりの犯罪行為が現実に発生していること、その参加者の中に被告人の演説を聞いた者がいたことを含め、判示事実及び説示中に認定の諸般の事実を総合し、右の意味における具体的危険の発生を肯定した趣旨と解せられ、その認定も証拠に照らし是認することができるので、原判断としてはそれで十分であって、さらに進んで講学上の解釈問題につき逐一見解を明示しなければならないものではないから、これを所論のように本末転倒の論理であるとか、法令解釈の誤りというにはあたらない。同罪は、特定重大犯罪を他人に実行させようとする言動の中で勢のある刺激に限ってこれを危険なものと見、処罰に値するものとしているのであって、要するに処罰の対象になるかどうかは、勢のある刺激といえるか否かにかかるのである。そして、右勢のある刺激という概念が不明確とはいえず、これにあたるか否かの判定は、原判示のように、当該演説の内容のほか挙示にかかる諸般の要素を総合することにより可能であることは、前述のとおりであるが、せん動罪の規定を適用するにあたって個々の要素をどのように考慮するかなど総合判断の過程や基準を、予め解釈論として判文上に説示しておかなければならないものではなく、これをしなかった原判決に法令解釈の誤りがあるとする所論も採り得ない。

二  違法性判断等の誤りをいう主張

右の意味におけるせん動は社会的に危険な行為であり、勢のある刺激を内容とするせん動に該当しながら、破防法の保護法益である公共の安全を脅かさない行為があり得るとは考えられないから、原判決が、本件行為をもって右構成要件に該当するとした以上、さらに進んで、法益侵害の有無程度、実質的違法性の存否等につき、所論の求めるような詳細な論議を展開していないのは当然であり、そこにはなんら法令解釈の誤りがあるとはいえない。

所論のうち、本件行為の違法性を争うその余の主張は、事実誤認の主張と密接に関連するものであるから、判断はそこに譲る。

第五  控訴趣意第五点、事実誤認ないし法令解釈適用の誤りの主張及び、同第四点中違法性を争う主張について

一  せん動の認定

1  被告人の地位

論旨は、被告人が中核派の最高幹部であることを勢のある刺激の存在を認定する要素として掲げた原判決を非難する。しかし、被告人が、就任の時期はともかく、当時中核派全学連の委員長の地位にあったことは証拠上明らかである。このような組織上の地位にある者の行動が、そうでない者のそれに比べて、影響力が大きいことは当然であり、これが勢いのある刺激の有無を判定する一要素となることもまた当然というべきであって、被告人の右地位そのものを処罰するに等しいとか、団体規制の先取りであるとの非難はあたらない。

2  集会の内容・性格等

原判決は、本件集会が中核派の主催であるとも、いわゆる渋谷暴動が被告人の演説のみによって準備されたとも、また集会の目的が沖縄返還協定批准反対のみにあったとも認定していないので、事実誤認はなく、その他の集会の目的、性格が所論のとおりであるとしても、本件の判断に格別の影響があるとは考えられないので、所論は失当である。

3  演説内容

論旨は、被告人の本件演説はあくまでも政治的主張の表現に過ぎず、機動隊せん滅云々というのも、その主張を貫徹するためには警察部隊による弾圧をはねのけていかねばならないとの趣旨を強調したにとどまるものであるというのである。しかし、被告人の本件演説中に、原判決が認定判示するような部分があることは、関係証拠上疑問の余地がなく、その中には、所論の程度をはるかに越えた極めて強烈過激な言辞が次々と現われるのであって、明らかに集会参加者に対し、殺人、放火等、破防法所定の特定重大犯罪の実行に参加することを呼びかけるものであり、その前提としては、所論のように、沖縄に関する政府の施策を非難し、返還協定反対を訴える部分はあっても、決してそれにとどまるものではなく、むしろ、その言動こそまさにせん動そのものというべきであって、原判決の認定が右演説を片言隻句に分断し歪曲しているとの非難は、全くいわれのないものである。

4  聴衆との本質的関係の切断

せん動は相手があってはじめて成立する概念ではあるが、前記定義によれば、その相手に、ある犯罪の実行を決意させ、もしくは既存の決意を助長するような勢いのある刺激を与えることをいうとされていて、それ以上進んで、相手が現に右決意を生じ、もしくはこれを助長されたことが証明される必要はないのであるから、せん動罪の成立が肯認されるためには、当該言動に、一般的見地から見て勢のある刺激といえるほどの影響力があると認められれば足りるのであり、その認定ができる本件について、演説が個々の聴衆にどのように影響したかの心理的過程を個別的に逐一分折検討しなければならない旨の所論は到底採り得ない。

5  以上の次第であるから、勢のある刺激の有無の認定要素に関し、原判決に所論の事実誤認はなく、その他挙示の諸事情を認定し総合した上で、被告人の前示のような内容の演説が、せん動罪に該当するとした原判決には、なんらの事実誤認も法令解釈適用の誤りも存しない。

二  沖縄問題

論旨は、被告人の本件行為の違法性を争い、正当行為を主張する前提として、原判決の沖縄問題についての判示が簡略かつ表面的で、この問題についての正しい認識が欠けているとして非難し、沖縄の歴史的状況をるる陳述するものである。

しかし原判決は、本件の判断に必要な限度で、沖縄返還問題及びそれをめぐる当時の社会情勢につき、背景事情を簡潔に判示しているものであって、所論もそこに判示された事実自体に誤りがあるというわけではなく、また右以外の所論指摘のような諸々の歴史的事実の存在を否定した趣旨とも解されない。そして右判示が、本件の違法性等を判断する前提として不十分であるとは考えられないので、これを事実誤認として非難するのはあたらない。

三  違法性を争う主張

論旨は被告人の行為につき、正当性を認めなかった原判決の認定を非難するが、本件行為につき、正当防衛あるいは抵抗権の行使として違法性阻却を認める余地はないとした原判断は、相当として是認すべきものである。

所論の指摘するような、琉球王朝時代から戦前戦後、さらには復帰の前後にわたって沖縄が歩んできた苦難の歴史を反省として受け止め、戦争の悲劇を繰り返すまいとする心情のあらわれは無視し得ないところである。しかし本件当時、沖縄の施政権返還、本土復帰に関しては、当の沖縄県民を含め国民の間に、政府の方針に対し、全面賛成から全面反対まで、さまざまな立場からさまざまの意見があったのであり、被告人の属する中核派全学連を含むいくつかのグループは即時無条件全面返還を唱え、これが実現しない限り返還協定批准に絶対反対であるとの立場をとり、街頭で過激な闘争を展開していたもので、警察部隊による集会、デモ等の規制もかなり強力に行われていたことは認められるけれども、被告人の前記内容の本件演説は、これに対しさらに強力過激な武装闘争を呼びかけせん動したものと認められるところ、このような過激な行為が、右のような理由によって許されるいわれはないから、正当防衛、抵抗権の行使等の観念を容れる余地はないのであり、まして正当行為であるとか、実質的違法性を欠くなどとする余地もないことは明らかである。

第六  控訴趣意第六点、訴訟手続の法令違反、理由不備の主張について

一  審理不尽、理由不備の主張

論旨は要するに、原審の訴訟手続には、沖縄問題、本件集会の性格、被告人の演説の聴衆に対する影響等々に関し、弁護側の立証を不当に制限し、審理を尽くさなかった違法があり、その結果原判決には理由不備の違法があるというのであるが、既に述べたとおり、本件においては、原審がその取調べた証拠によって示した判断はすべて正当として是認することができ、判決に必要な証拠調は行われ、審理は尽くされていると認められるうえ、原判決の理由の記載になんらの不備もないので、所論は失当である。

二  新聞縮刷版に関する主張

論旨は、原審の訴訟手続には、検察官の取調請求にかかる毎日新聞縮刷版を、弁護人の異議を排し非供述証拠として採用しておきながら、供述証拠として事実認定の用に供した違法があるというのであるが、右縮刷版を供述証拠として事実認定の用に供した形跡は認められないから、所論は前提を欠き、失当である。

第七  結び

その他論旨の指摘する諸点につき原判決を検討し、なお事案にかんがみ当審においても、沖縄問題に関するものをはじめ、若干の証人等を取調べてみたが、以上の認定判断を左右するものはなく、原判決の内容になんら違憲、違法、事実誤認のかどはない。

各論旨はいずれも理由がない。

よって刑訴法第三九六条により本件控訴を棄却し、同法第一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田穰一 裁判官阿蘇成人 裁判官藤井登葵夫)

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